屋 久 島 病 の 日 々
随時更新
大和杉
2002年4月22日(月)曇り一時雨のち雷雨
昨夜は空がすっきり晴れて、天には星々が瞬いた。南の空には蠍座が
Jの字に大きく見え、さながら夜空を泳ぐ巨大な龍のようだった。
…蠍座?夏の星座だ。夏ももうそこまでやって来ているということか。
それとも見間違っているのか…。
部屋の外のデッキに腰を下ろして空をぼんやり眺めていると、どんどん時間
が過ぎていく。
海と山と里のにおいが混じっている。ひんやりした夜気が足下からしのびよる。
引き上げるのがもったいなかったが、後ろ髪引かれつつ室内へ。翌日の
晴天を確信して深夜眠りについた。
起床午前7時半…出発するはずの時刻だった。ま、いいか。カーテンを開け
ると、薄曇りだが、まずまずの天気だ。
8時に部屋を出た。焼きたてのパンを売っているコンビニに寄るが、売れ
残りのおからパンが一個、さみしそうに棚にのっかっているのみ。
一抹の悲しさとともに、その孤独なおからパンを引き取り、さらにカップ麺を購入。
車でヤクスギランドへ向かう途中、霧が出てきた。標高約980m以上にある
雲霧帯に向かうためか、時々こういうことに遭ってしまう。一昨年、初めての
屋久島行のときにも霧が出て断念した。縁がないのか?ヤクスギランドよ。
ちなみにこのヤクスギランド、名前は軽めだが、1000年以上の杉がたくさん
立つ立派な森なのだ。
今回の目的は大和杉に会うこと。樹齢3000年〜4000年と言われている、
縄文杉に次ぐ長寿の屋久杉。でも、縄文杉樹齢には諸説があるので、もしか
したら今認知されている中ではもっとも長生きの杉なのかもしれないと思うが
どうなのだろう?
何でもこの大きさの杉にしてはまっすぐ端正ないでたちだそうだ。過去の
伐採をまぬがれたということだろうが、それがなぜかはつかんでいない。
わからないことだらけで向かうのだった。それにしても、楽しみだ〜。
でも現実は、アスファルトの上り坂の途中で途方に暮れている。
止まっている車を追い越したりもしてがんばってみたが、悲しいかな、屋久島
以外ペーパードライバーな私。無理はできない。
午前9時、停車。約30分、車の中でゆっくり過ごした。追い越してった車が引
き返してくる。突然訪れたぽっかりした時間の中で、いろんな思いが浮かんでは
消えたりする。
自分の希望が自然の現象にさえぎられそうになったとき、わたしはいつも
ひとつの言葉に助けられる。
アラスカをフィールドとした写真家、星野道夫氏が自身のエッセイの中で紹介し
てくれた。
星野氏の結婚を記念して、アラスカの自宅で友人たちを招いて行われるパーテ
ィー。屋外で行われていたが、雨が降り出しそうな気配。
「今日は雨が降ったら困るんだよな」
とつぶやいた星野氏に、友人のネイティブアメリカン「アル」は言う。
「ミチオ、心配するな、雨が降る時は降る。止む時は止む」
結局途中から雨は降りだし、星野氏の新居の階段や玄関にまで多数の友人
たちが鈴なりになりながら、楽しいひとときを過ごすのであった。
私はこのエピソードが大好きだ。アルの短い言葉が、謙虚になれる方法を
示してくれる。それはなんて自分を楽にしてくれるのだろう。
自分の意のままにならない自然と向き合うことになったときには、この魔法の
言葉をつぶやくことにしている。だから、私は霧がたちこめても割に心安らかに
していられるのかもしれない。
一応タイムリミットを10時に定め、相変わらずのんびり車中でくつろいでいる
と、傍らを黄色の車が通りすぎた。『道路パトロールカー』と車体に書いてある。
しめた。エンジンをかけ、その車のテールランプを道しるべに、20〜30/km
ほどでゆっくり進んだら、無事ヤクスギランド入り口に着いてしまった。
霧も薄くなってきた。
受付で「大和杉まで行きたいんですが」
と聞いてみた。若い女性に代わっておじさんが答えてくれる。
「ヤクスギランドから離れたあとは、道しるべもあまりありませんよ。
私も数年前に行ったきりですが。今日は霧が深いので気を付けてください」
すす、数年前〜?
とりあえずお礼を言って出発。ランドを抜けて2時間で着くと聞いている。
抜けるまでにどのくらいかかるかはちゃんとわかっていないが、おそらくそれほど
かからないだろうと踏む。午前10時発。
・・・コース内の木道に人の姿はなく、ひっそりしている。きのうは修学旅行生
たちがわんさか押し寄せていたと聞いていたので、今日もちょっと覚悟していた
が、駐車場にほとんど車はなく、とりあえずほっとしたのだった。
途中で水をくんだりしながら、程なくランドを抜け、大和杉のある花之江河
方面の道に入った。
とたんに蜘蛛の巣群に襲われる。最初はできるだけよけて歩いていたが、よけ
きるのは難しく、びやっと顔にまとわりついてくる。 あまり気持ちのいいものでは
ない。
このままでは繭化してしまいそうだったので、適当な小枝を拾い、目の前でくるくる
回しながら歩いた。
時折薄暗い森に陽の光が差し込んでくる。ぶわーっと光のレースの敷物が足元
に敷きつめられる感じだ。その上を歩いていると、歓迎されているような気分に
すらなる。
大きな屋久杉が立ち並ぶ壮観な森を進んだ。時々根っこをむき出しにして倒れ
ている大木を見かけた。
倒れるときの光景はどんなだったろう?
大きな音がしたことだろう。
あたりの様子が一変しただろう。
風が強い日だったのか?
台風だったのかもしれない。
あるいはとても静かな夜に
何かに耐えかねて力尽きたのかもしれない。
贅沢な森を贅沢にひとりで歩く。でも、少し怖いような気がするのはなぜだ
ろう?周囲の木々が大きくて、歩く自分のちっぽけさがひしひし胸に迫ってくる
ためか。
風が渡るとさらにそんな気分になる。でも、それは案外悪くない感情だ。
大きな木が倒れていて道をふさいでいる。またいだりくぐったりするうちにズボン
やザックが泥色に染まっていった。
『石塚小屋まで4.9km』という道標を見つけた。地図で確かめると、もう大和杉
にたどり着いてもおかしくない地点だ…と思ったらすぐ目の前に『大和杉』と方向が
示された道しるべ発見。そちらに少し進むと、先にそれらしき杉が見えてきた。
はやる気持ちを抑えつつ、しつらえてある階段を下りていく。途中でとぎれた
ので土の斜面を下る(が、実際には大和杉の前まで階段はつながっていた。
やはり先走っていたのだろうか)。
ともかく対面!!
さすがに根元に近いあたりはどっしりしているが、見上げるほどにまっすぐ
すらりときれいな杉だ。
「存在感があって、すらりときれいだなんて、すごい!」
…と、わけのわからない感動に浸りながら、触わったり、周囲をぐるぐる回った
り、写真を撮ったりした。
やはり、じかに触れられるというのは、嬉しいなぁ。今後人が殺到して縄文杉
みたいに柵ができたりしませんように…と、勝手なことを願う。
到着したのは午後0時10分だった。
霧が晴れるのを待つ車の中で朝食を少しかじっただけだったので、
はらぺこだ(道々おやつはつまんでいたが)。
木の前に腰を下ろして、昼食に突入。お湯を沸かしながらおからパンをほお
ばり、続いてカップ麺を食べた。変な取り合わせだが気にせずおいしい。
視線を少し上げると、大和杉。
もらっていたたんかんを食べた。コーヒーを入れて飲んだ。
視線を少し上げると、やはり、大和杉。
ふふふ。
ひとり不気味にほくそ笑みながら、2時間ほどそんな風に過ごした。
友人にその場で葉書を書いたりもした。あっという間に時は過ぎる。
大和杉の下でぼんやりゆっくりするのが今回の旅の希望のひとつだったので、
叶えられてとても幸せだった。
ゆっくりしている途中で、細かな雨が降っていることに、「目にして」初めて
気が付いた。確かに周辺の葉に雨粒が当たって揺れている。でも、自分には
降ってきている感じがしない。葉陰に腰を下ろしてはいたが、濡れないほどの
ひさしの下にいるわけでもない。
不思議に思い頭上を見上げると、葉陰の向こう遙か上に、大和杉から広がる
枝が、更に屋根を作ってくれていた。じんわり気持ちが温もってくる。
それは優しくされたときの気持ちに似ていた。
汗もすっかり引いて、1枚上に重ね着しても、体が冷えてきていた。
時間的にも、出発の頃合いだ。立ち上がるとお尻が痛かった。
振り返り振り返りしながら、大和杉に別れを告げた。
雨はひどくなることはなく、カッパなしでしのげた。道々ではまた新たに
張られた蜘蛛の巣たちが通せんぼする。尾根ではできたての蜘蛛の巣が
雨しずくできらきら光っていた。やはり、棒を目の前でくるくるとしながら歩く。
旅の始めにもたげていた『リーチング・ホーム』という言葉が、また頭をよぎる。
名付けた河野さんの思惑は計り知れないのだが、ある思いががこみ上げて
きた。
もしかしたらそれは、自分の居場所をさがし求める旅でもあったのかもしれない。
旅という非日常的な時間に、自分の日常を求めるということ。それは、矛盾
する行為だろうか?
少なくとも、自分はそうしていると、思い至った。
ヤクスギランドに戻ってからも、一組の観光客以外すれ違う人はなかった。
大和杉と1対1でゆっくり話ができた幸運を、夜になるまでかみしめていた。

このあと更に煙る でっかい杉が立ち並ぶ森(にょろにょろのようだ)
大 和 杉・・・

撮影会??
帰る頃にはまたたくさんの蜘蛛の巣

ヤクスギランド入り口にいる
逃げない鹿