MENU

                                                   

随時更新

森の「わーい」がきこえてくるよ

2001年6月10日(日) 雨

 雨の音で目が覚めた。民宿の屋根に当たる雨音が、部屋の中でわんわん
とこもっている。なんだなんだ?と、ねぼけまなこでカーテンを開けると、アメ
リカデイコの花の赤が、雨に煙ってにじんでいた。

 「うーん」とうなって、山泊は明日に延ばすことにした。雨が激しすぎるのだ。
宿の主人に延泊をお願いすると、あっさりオーケーだった。この時季、シャク
ナゲのシーズンとはいえ、観光客は少ないのだろうか?それでも先週行われ
た催事『シャクナゲ登山』は、きっとにぎわったことだろう。

 その『シャクナゲ登山』は、あえて旅程から外した。交通機関が確保できない
心配もあってのことだが、それだけではない。
 旅での人との触れあいに心温められるくせに、あまり人が多くない場所で
自然と向き合いたいと思うからだ。どちらも偽らざる気持ちなのだ。

 さて、今日をどう過ごそう?
 そう思った先から答えは出ていた。
 「白谷雲水峡」だ。

 手軽に行ける場所なので、もはや人の息があちこちに吹きかけられているが、
それでもあの苔むす森がもたらす緑の世界は、私が屋久島に引かれたそもそ
もであると、訪ねるたびに、いつも、いつでも、思う。
 例えば屋久島行きをともにできる大切な友人があるなら、迷わず連れて行
きたい森である。

 そんなわけで、白谷雲水峡へ。宮之浦の町から、車で約30分上がる。雨は
ざんざか降り続いている。受付で訪ねると、今日は渡渉(川を渡ること)は危険
だと言われた。
 力量がないので素直に従う。渡渉前の三本足杉まで行くことにした。

 雨の白谷雲水峡では、森のこだまたちが、歓声をあげている。『こだま』とは、
宮崎駿監督の映画『もののけ姫』の森の描写箇所で出てきた、コロボックルの
ような架空の存在を指す。豊かな森に存在する、樹木の精霊。
 ところが、最近、「写真にふわふわとしたこだまのようなものが写っていた」と
いう観光客の話を聞いた。 驚きもしたが、あり得ない話でもないと思う。

 だが、私が森に感ずる気配は、むしろ『木』そのものにある。気配を感じて振り
返ってみたならば、そこにはただ木が立っていたということがよくあるのだ。

 いずれにしても、気配をたたえた森は、恵みの雨を受けて歓声を放っていた。
間断なく降り続く雨の中で、確かに森のよろこびが聞こえてくる気がした。
 それは、陳腐かもしれないが、全てを包みこむような優しさに満ちていたとしか、
今も言えない。
 人が途絶えた森の中で、私は自分が森の一部であることを自覚できてくらくら
した。雨が、森と、私を、つないだのか。

 三本足杉の股下で雨を避け、いつもやるようにコーヒーを入れてゆっくり過ご
した。
 潤いを帯びた苔の景色が目の前にただある。その光景はあまりにも完全で、
あまりにも無防備で、もちろんあまりにも美しかった。

  
 人には会わなかった。
 だーれも、だれも、訪れなかった。
 

三本足杉股下からの風景


                                              MENU