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屋 久 島 病 の 日 々
| 森からのギフト 3月13日(土)雨のち曇りのち晴れ |
前夜の便で大阪より鹿児島入り。この区間では初めてプロペラ
機に乗る。まさしく「夜間飛行」な風情。天候は荒れ模様で、福
岡着の可能性もあったが、無事空港ホテルにたどり着いた。夜気
に吐く息が白く、肌寒い。(後で聞いた話だが、その日鹿児島か
ら屋久島行きの便は欠航していたらしい。)
珍しく連夜寝不足が続いたので早く眠ればいいのに、ついうだ
うだしてしまい、就寝時刻は午前2時を回ってしまった。朝、ベ
ッドから体を引きはがし、午前8時20分の便に乗るべく空港へ。
雨上がりの街に、やわらかな朝の光が差し込んでいた。むふふ。
雨上がり?晴れ??
YSー11で、屋久島空港に午前9時無事着陸。どんよりと雲
が垂れ込め、路面も濡れている。天気予報では晴れのはずなのに、
さすが屋久島。
タラップから降りつつ空気を吸い込む。今回は甘さより、すが
すがしい匂いの方が先に立つな、と、一人ごつ。芽吹き始めた新
緑の吐息かもしれない。
空が暗くて迷ったが、丁度YSと共に記念撮影をしている人た
ちがいたので、頼んでシャッターを押してもらった。いまや鹿児
島からの離島就航のみとなってしまったYS。日本製のプロペラ
機に、愛着を覚えないわけにはいかない。念願のツーショットな
のだ。小さく映っているわたしはあとで見ると目をつむってしま
っていたが、ま、よしとしよう。
お仕事用黄色ジャンパーのレンタカーNAVIさんが、いつもの笑
顔で出迎えてくれた。「約3ヶ月半ぶりー」
数ヶ月毎に会う関係というのは、頻度低めのような気もするが、
よく考えてみれば、普段仕事以外で直接友人に会う機会は限られ、
中には年に一度会うかどうかの人もいるのだから、それに比べる
とよく顔を合わせる友人となるのであった。
事務所で10時頃まで近況報告とか、髪型のこととか話しなが
らゆっくりさせてもらってから、予定通り白谷雲水峡へ向かうこ
とにした。まだ空は灰色だが、予報では晴のまま。うまくいけば、
雨上がりの森を歩けるかもしれない。
11時、白谷雲水峡入り口着。駐車場は満杯で、運良く空いた
スペースに車を入れることができた。この分では原生林歩道さし
かかりあたりで大勢の人に会うかもしれないと、楠川歩道側より
入った。
ぱらついていた雨も上がり、カッパはザックに入れたまま歩き
始めた。江戸時代に運搬道として造られた石組みの道を歩く。か
つての足跡に、時を超えて自分の足を重ねているという不思議さ。
いつもは歩きながらいろいろなことを考えてしまうのだが、今
回は、できるだけ、ただ心を開いて歩きたいと願いながら、ここ
へ来た。そんな思いと、楠川歩道への想いが合わさったのか、ふ
と瞬間、石の立場に立ってみる気になった。あるいは、石の気持
ちになってみた。
石の気持ちになってみる。それは、言葉にしてしまうと、「長
い年月をこの島に含まれながら姿を変え、その場所に居つき、大
勢の足にふまれながら膨大な時間を過ごしてきた石に想いをはせ
る…」みたいになるのかもしれないけれど、そんな長ったらしい
言葉で重なるのではなく、感覚的な触れ方だった。
残念ながら、その感じを、今うまく表すことはできない。例え
ば、役者が「石」になるような、そんな感じだろうか?あまり深
く考えず、石のチャンネルに合わせるような。
どうやってもうまく書けないが、書いておく必要がある。
そうしてひと足毎に触れたり、目や耳にしたりする、石や木や
土や水に心を移し始めると、瞬間それらとすりかわることができ
るような気がした。つまり、その瞬間、わたしは石になり、木に
なり、土になり、水になった。そして、石や木や土は石は、わた
しになった。
石や木や土や水の中にわたしが含まれてゆき、わたしの中にそ
れらは含まれてゆく。宇宙は果てしなくつながり、広がりながら、
同時に、それぞれの中に内包されていた。
森がわたしを肯定し、受け入れてくれている。森からの思わぬ
ギフトに、いつしか涙をこぼしながら、歩いていた。
その後、もうひとつのギフトに出会うのだが、それは次回にお
伝えしたい。
(次回っていつ?)←自分でつっこんどきました。

楠川歩道
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