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『美味し国、佐渡。』
8月も終わるころ、友人でマッシャー(犬ぞり使い)の本多有香さんが次のレースに
備え佐渡島で出稼ぎすると聞き、ビール好きの彼女にビールを与えるべく、同志E氏、
O嬢とともに訪ねることにした。各々佐渡初訪島であったが、心配無用。我々には、
心強い味方がいた。E氏と知己である、佐渡島在住のTさんである。元保育士の
Tさんは、かつて台湾の「ヤミ族」集落に毎夏11年通った経歴の持ち主。これまた
出会いが楽しみ。今回はお宅に泊めていただけることになっている。
そんなわけで、Tさんにお会いすることをもうひとつの目的に、ほとんどな〜んの下調
べもせぬまま、新潟港佐渡汽船ロビーに集合した。
佐渡の港には、本多さんが迎えに来てくれた。車に乗り込み、途中で食材やビールを
調達しつつ、Tさん宅を目指す。電話でおしえられた通り進むと、やがて目印となる水車
が現れた。「あれ?看板に『T(苗字)』って書いてある?!」。不思議に思っていると、そ
の水車の家屋より少し奥まったお家の方から、女性が出てきて手を振った。Tさん、その
人であった。
Tさんのお宅はご実家の離れに建てられていて、最初に見た水車のお家は、大工を
なさっていたお父様の工房であった。現在は水車を中心に制作活動され、地域の新
聞にも紹介される名士だ。
早速Tさん宅へ上がったとたん、芳しい木の香りがした。木肌が素足に気持ちいい。各
部屋の障子が開け放たれ、風が吹きぬけてゆく。はぁ〜〜、極楽。居心地の良さに「も
う(観光とかせず)ここでいい」と動きたくなくなる(実際あまり動かなかった)。出してもらっ
た冷たい中国茶もいい香りがして、ほんのり甘い。飲んだ後はすっきりとして、移動の疲
れも取れるような気がした。それが、今回の『美味し旅』の幕開けでもあった(あ、本多
有香激励の…)。

お茶でひと息ついた後、お昼に『ゴマ汁』を出してもらう。ご飯に茗荷、きゅうり、大葉と
白いゴマだしのハーモニーが後を引く。一同黙々と食す。デザートは手作りの白玉。ゆず
と蜂蜜が入っていて、口の中でほんのり風味が広がり、後味さっぱり。温かい中国茶とも
よく合った。

ここで、同行者E氏の表情に微妙な陰りが。実は出発前、食事担当に名乗りをあげ
た氏であったが、この技ありのもてなしに、「大丈夫かなぁ」と気弱な発言も。O嬢が励
ます。「大丈夫です、手伝います。作りましょう!命をかけて」。
命をかける前に、T家の畑に材料調達に。E氏はいざキッチンへ。今夜のメニュー特
製夏野菜カレー(通称Eカレー)のために、ピーマン、オクラ、ズッキーニ、ナスを収穫。
勧められるまま、ピーマンを丸かじり。甘い!ついでにプチトマトもぽいぽい口の中へ。
「ん〜、果物みたい」。もぎたて新鮮野菜を隊長に届け、命をかけたカレーの仕込みも
終了。Tさんの案内で、周辺の野道を散歩した。山裾に青々と水田が広がる風景に、
気持ちがさらにゆったりとしてゆく。

さて、夕食だ。オードブルには明太子とアボカド、カマンベールチーズに大葉とレッドペ
ッパーを添えたカナッペ2種、へんじんもっこ(佐渡のメーカー)のソーセージ、Tさん手製
フグの子のかす漬けや各種ピクルスが並ぶ。E氏が遠路運んだサーモンの燻製は、濃厚
な味わい。話しながらつまめばけっこう満腹に。最後にEカレー登場は不利か、と思いきや、
野菜の甘みが優しくて、これまたおかわりの出来であった。めでたし!


夜、少しだけおもてを歩く。広い空には星がどっさりちりばめられ、天の川も見えた。外大
出身のE氏とO嬢が「モンゴル語で北極星は…」と話す声を耳に、夜空を堪能した。
午前5時半、夜勤のため昨日午後退場した本多有香が、愛車のカブでT家に戻ってきた。
早速ゆうべのカレーを平らげて、即寝爆睡。職場の工場では、携帯電話のボタン上からか
ぶせるラバーというものに色印刷する作業をしているとかで、本人曰く、「ガシャンガシャン」の
繰り返しだそうだ。この夏は日がな一日、あるいは夜通し、文字通りその仕事に明け暮れた。
夜勤明けにはそのまま釣りに出かけ、収穫を糧にもしている(9月中旬、ようやく区切りがつ
いた。工場からはすでに来夏のオファーがあるそうだ!)。初めて、今や手放せないケータイ
流通を担う現場について、思い巡らせもした。
早起きしたごほうびに、Tさんが中国茶を淹れてくれる。『聞香杯』でしっかり香りも楽しみ、
すがすがしい気分のままE氏朝食作りに突入。メニューはいわゆるEサンド。トーストにハムや
薄焼き卵、きゅうりなど挟んであり、朝からボリューム満点である。しっかりふたつお腹に入れ
たO嬢は「ここで3日分は食べました」と言っている。確かに。

腹ごなしにまた散策へ。今度はTさんに地図を書いてもらい、付近のお寺(お寺がたくさん
ある)を目標に出かけるが、ぐるぐる回るだけで着かずじまいであった。けれどそれもまた楽し
い時間というもの。残念ながら昼の船でひと足先に帰るO嬢を送り、帰路近所の蕎麦屋さんが
開店の回転灯(!)を出していたので、つい食べに行く。シコシコの蕎麦に冷たいだしをかけ
て、つるりと胃袋へ。その後、Tさん義妹さん差し入れのレアチーズケーキでお茶(O嬢、ごめ
ん)。テーブル中心、とことんまったりモードに。

夕方近く、海に詳しいTさん弟さんの案内で海へ。本多さんとわたしは釣り、E氏はシュノー
ケル。弟さんも潜り、Tさんはそんな我らを見守る。やがて海に夕日の道ができる頃、釣れない
二人は呼び戻され、帰途に着いた。

すっかりなじんだT家にただいま、と戻る。何気なくキッチンのシンクを見ると、なんとあなた!
アワビやサザエがごろごろしてるじゃないですか!それに、Tさんがタコをさばいている?潜ってい
るだけと思っていたが、さすが弟さん、よっ海の男!
その夜は、弟ご夫婦、娘のNちゃんも一緒に、Tさん推薦のワイン(この頃はフランスブルゴー
ニュ地方などを訪ねることが多いとか)に焼酎や日本酒も加わり、海の幸、大地の恵みを心
ゆくまで味わった(O嬢すまん)。



2泊3日、本多有香さん激励&Tさんを訪ねる旅も、フィナーレに近付く最終日の早朝、昨
日のリベンジとばかり、本多さんと釣りに出かけた。まだ明けきらず小雨そぼ降る空の下はすべて
がグレーがかっていて、妙に現実味に欠けた。この島にいることも、出会いも、夢の中の出来事
のような気が一瞬した。
釣りに行く途中、拉致の現場と言われている場所を通る。夜明けということも手伝って、寂し
げな場所に見える。ジェンキンスさんの洋風な自宅の前も通過した。近所の人は、この事件を
どのように感じているのだろう。もしかしたら自分が曽我さんだった可能性もあるということを。けれ
どもいまや世の中には、いつ自分が当事者になるかわからない事件や事故が多すぎるから、そん
なもののひとつ、と捉えられているのか。
人生初の海釣りでキス2匹釣って、近くのコンビニで最後の(たぶん)ビールを買って帰る。その
ままひと寝入りしたら朝食ができていた。エノキとオクラの和え物、焼きなす、煮かぼちゃ、そしてゴ
マ汁。
昼食をEチャーハンで締め、新鮮野菜やピクルス、手作りシフォンケーキ、それにお父上手製の
コースターをお土産に、佐渡を後にした。ご家族総出で見送ってもらった。
独自の文化があったり、おいしいものがたくさんあったり、平野が広がってたり。
佐渡島は、島と言うより『国』と呼ぶほうがしっくりきた。
胃袋から入った今回の旅は、今ゆっくりと心身に染みわたり、 その後の日々の栄養になっている。
(おしまい)

追記:今回登場したマッシャー本多有香さんは、来年2月にアラスカ〜カナダで開催される
1000mile(1609.34km)の犬ぞりレース「ユーコンクエスト」に出場予定です。
今年もおそらく日本人女性としては唯一のエントリーとなるでしょう。
昨年悪天候で呑んだ涙の分も、活躍する予定!どうぞご注目ください。
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