屋 久 島 病 の 日 々
随時更新
花山歩道(1)
2002年11月2日(土) 降ったりやんだり
午前4時〜4時30分の間に迎えに来てもらうことになっていた。のに!
ふと目覚めて何気なく時計を見やると、デジタルの数字は「3:54」。
「…?…?…!!!」
とびおきてかおをあらってはをみがいてといれにいってきがえてざっくを
しょって外へ。程なく迎えの車がやってきた。セーフ。やれやれ。午前4時
20分。
今回は登山口まで送迎をお願いした。行程は山頂までの往復なので自
分で運転していくことも考えたが、悪路であると聞いて、止めた。普段運転
しないので、登る以前の心配事は減らしたというわけだ。我ながら慎重な
選択。
結論を言うと、次回からは自分で運転して行けると思う。ただし、ある程
度車高のある車でないと、底をこすることは間違いなさそうだ。
車に乗り込み、まだ居座る夜闇の中を、走る。眠さと昨夜のアルコール
のせいか、目が覚めきらない。やはり、飲み過ぎたか。ついつい…で、ふ
とんに入ったのは12時過ぎくらいだったように思う。
まあ、仕方がない。それに、昨晩は友人たちといろいろと話せていいひ
とときを過ごしたのだから、あまり後悔もないのだ。きっと、この気持ちが
体に作用してくれるだろう(と、自分に言い聞かせる)。
ぼんやりした頭で思い返すと、なぜ目が覚めたのか、不思議だ。ケータ
イに3時にセットしていたアラームがちゃんと鳴ったのか、酔っぱらいなが
ら間違えてセットしたため鳴らなかったのか、あるいは鳴ったのに気付か
なかったのか、定かではない。だが、目覚めることができた。ぽかっと目
が覚めた。まるで天使が優しく肩を揺すってくれるように。
とりあえず、何かに感謝。
今回送迎をお願いしたのは、時にガイドもするというレンタカー会社の
人。種子島出身で、屋久島に住んで30年になるという男性。
ずっといろんな商売をなさってきたそうで、そのあたりの話を伺う。サー
ビスについて、経験に裏打ちされた考えが随所に現れ、聞いていて興味
深かった。「人間冥利」の話にまで及ぶ。
明るくなってきたころ、登山口に着いた。明け切るまで待って、午前6時
半ごろ、車に別れを告げた。買っておいたパンで腹ごしらえをし、準備や
体操をしていると、5人の登山者がやはり車に送られてやってきた。先に
行ってもらい、しばらく待って登山口に入った。
…荷物と体が重い…。いきなりの坂に、足がちょっとずつしか前に出ない。
何度も立ち止まりながら、「今なら止められるぞ」と、悪魔のささやきを聞
く。やはり、ゆうべは飲むんじゃなかったー、などと「悔いはない」と思って
たはずなのに、さっそくひるがえっているんだった。
途中で雨具を出していた先の5人組に追いつく。私は雨粒は気になら
なかったので、そのまま通り過ぎる。そのうちまた5人組に追いつかれ、
道を譲る。中年の男性4人に女性1人。
今日はできれば鹿之沢小屋あたりまで行きたい。小屋までコースタイ
ムでは5時間半となっているが、とてもそれで着くとは思えないのろさ
である。ま、時間はたっぷりある。追い立てられる理由はどこにもない。
いざとなればテントも持ってるし。地図とコンパスも用意したし。ラジオも
持ってきたし。
おぼつかない足取りで、気が付けば自分を励ましながら歩を重ねてい
るのだった。
登山道は倒木で遮られることはあるものの、目印のピンクのテープが途
切れることはなく、ちゃんと整備されていた。人が頻繁には入らないため
か、落ち葉が道につもってふかふかと足に優しい。(濡れると滑りやすくて
足に厳しくなるが。)
時折日が差し込み、木々の切れ間から見下ろせば、おなじみの、山、
集落、海と続く景色が輝いている。
屋久島だ。
しっとりと深い碧の苔の周りに、赤や黄の落葉がひしめき合っている。
屋久島だ。
足を一歩ずつ意識して出さないと進めなかった登りも一段落つき、な
だらかな上り下りで調整しながら歩けるようになった。よ、よかった。
ゆとりも出てきたので、ザックからデジカメを取り出して写真を撮る。こ
れを始めるとまた格段にペースが落ちるのだが。
ヤクスギの森を撮る。倒木の上に芽吹いた緑と、その上にちりばめられ
たモミジ。赤、黄、緑、赤、黄、緑。
やはり、自然は完璧だと思う。その場所に居合わせられたことが、ただ
ただ、嬉しい。
昼前、とんでもなく気持ちの良い広場に出た。ヤクスギの大木たちが広
い空間を取りまくようにそびえている。登りながら明日テントを張る場所を
物色していたが、結論が出た感じだった。さらに適当な場所を探そうと登
山道脇に踏み出せば、そこに先客テントがたたずんでいた。主は留守。
平らな地面の上にスギの葉が降り積もってクッションとなり、テント場とし
て大変好ましい。いいところに張るなぁ。
大体アタリを付けたところで、昼食を取った。朝のパンの残りをほおばり
ながら、お湯を沸かしてコーヒーを飲んだ。
まだまだこの広場でのんびりしていたい気持ちをふりきり、歩き始める。
上ったり下ったりくぐったりまたいだり乗り越えたりしながら進む。くぐると
き、時折荷物が上で引っかかってじたばたする。
午後2時、視界が開け、大きな岩の上に出た。残念ながらもやっていて
眺望はきかない。冷たい風が吹き抜ける。
じっとしていると寒いので、程なく出発。少し歩いたところで、二人連れ
に遭遇した。ガイドをしている知人Aさんと参加者だった。この時期お互い
花山歩道にいることは知っていたので、「やあやあ。ここで会いましたね」
ってな具合である。聞けばやはり、さっき見た広場のテントは、Aさんたち
が張ったものだった。更に聞けば、鹿之沢小屋まであと1時間半近く歩か
ねばならないらしい。予定では3時には小屋に着きたいと思っていたので、
ややひるむ。
「横に張るかと思って(テント)残してきたのに」という言葉にちょっと考え
る。「あの場所に2泊するのも悪くないかも…」
結局、ふたりに付いて引き返すことと相なった。参加者の女性Mさんが提
案してくれる。
「Aさん、荷物持ってあげたら?」
最初は断ったものの、一緒に下るとなると、サブザックのふたりとはペース
が合わないのも見えていた。それに、けっこう疲れていた…。
軟弱にも、好意に甘えることにした。快く引き受けてくれたAさん、ごめんね。
かくして、Aさんのザックと交換する。軽い。重い体に羽根が生えたようだっ
た。
一方Aさんは、15キロほどの私のザックをしょいながら、先頭をひょいひょ
い進む。さすが、である。くぐるときに頭上で荷物が引っかかってじたばた
することなど、もちろんない。それどころか、がんばってついていかねばな
らないほどである。私のすぐ前を歩くMさんも、しっかりした足取りだ。
途中Aさんの提案で、一度だけ休憩した。目の前にぐわーっと枝を広げた
スギの大木がそびえている…と思っていたら、それはスギではなく「ハリギ
リ」だと言う。驚いた。葉っぱを仰ぎ見ると、確かにスギではないことが私に
もわかった。
Mさんにもらった甘いお菓子をほおばりつつ、しばらく3人でその大木を眺
めながら過ごした。時間の流れ方がゆっくりになる。私1人ではこの木に気
付けなかっただろうから、このことだけでも、引き返して正解だった。あ〜、
うれしいなぁ〜。
小1時間ほどで広場に帰ってきた。まさに「帰ってきた」感じがした。昨日
すでに1泊しているふたりにとっては、なおその感は強いかもしれない。
テントを立ててから、近くの水場に、水をくみに出かける(ほんとに、文句
ないテント場なのだ)。木々に囲まれた気分の良い沢に降りて、水筒に水を
入れながら、Aさんと少し話をした。
Aさんは、私が友人たちと最初に屋久島を訪ねたときに、白谷雲水峡を
案内してくれた人だ。この人のガイドでなければ、ここまで屋久島に引か
れなかったのではないかと思っている。森にいることの楽しさを、押しつけ
がましくないやり方で、伝えてくれたのだった。年は私よりずいぶん若いが、
私にとっては屋久島での刷り込みの親的存在なのだ。だから、会うと、い
つも懐かしい感じがする。
足を痛めているので、治療のためもうすぐ仕事を休むというAさん。快方に
向かうよう祈ってます(その割にザック持たせたけど)。山を歩く姿のように、
きっと今度のこともひょいと乗り越えるんだろうと勝手に思っている。
山の夜は早い。どんどん暗くなっていく中で、夕飯を作る。テント入り口
(外側)にガスをセットし、テントの中から上体だけ外に出して、暮れゆく景
色を眺めながら支度した。(ヤドカリのようだと言われる。)
メニューはフリーズドライのピラフとスープ。スープはともかく、ピラフは水分
がうまく飛ばず、見るからにまずそうだった。食べてみてやはりおいしいとは
言えない代物であった。
隣のテントから様子を見に来たMさんも、「おいしそう」の「おいし…」まで
言いかけて、言葉を濁していた。気持ちはよく分かる。しくしく。
隣のテントではちゃんとごはんを炊いて、カレーを食べる様子だった。ほの
かに香ばしいお焦げの匂いがしてくる。ちょっと食べないかと声を掛けられた
ときには、ピラフをとにかく詰め込んだ後で、満腹となっていた。残念。
真っ暗になった森の中、空を見上げると、木々の間から星明かりがこぼれ
てくる。風で揺れる木の葉の合間を縫って、小さな光が射抜いてくる。
しばらく仰ぎ見るうち、平衡感覚がなくなってぐらついてきた。あきらめて、
寝袋に潜り込むのであった。しんと静かな類の幸せ感に浸った。
(続く)

ハリギリの大木
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