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随時更新

母と屋久島

2001年8月4日(土) 晴れ

 屋久島に足繁く通う娘を見ていた母親、「行きたい」と言い出した。
もともと予定していた8月の島行きに、母も同行することとなった。
 母2泊、私6泊。私とて、いつも長くて3泊だったので、この旅への
わくわく度は高い。

 自分の航空券は2ヶ月前にさくさくと押さえてあったが、母の分は
1ヶ月ほど前に手続きをした。私と同じ行きの便のうち、鹿児島〜
屋久島への便はキャンセル待ちだが、まあ、大丈夫だろう。
 宿は永田の送陽邸が取れた。大切な人と屋久島に来るとき、ここは
外せないと思っている。(実は、多少値段が張るので、スポンサー
付きのここぞとばかりに予約を入れたというのもある。)

 キャンセル待ちも空席が出て、無事母娘は伊丹空港から鹿児島へ、
更に屋久島へと飛んだのであった。

 飛行機に乗ること自体久しぶりな彼女は…うるさかった。
発着や揺れにびびり、窓からの景色にいちいち驚嘆していた。
 特に鹿児島からプロペラ機に乗り換えたときには、感嘆の声を上
げ続けていた。
「Kちゃん!ほら、外見て!!すごいなあ〜」
とはしゃぐ。

 本当はわたしも窓から外を見るのは大好きなのだが、母と私では
表現の仕方がまるで違う。母はそんな私に日頃から「おもてに出せ」
と言う。だが、おもてに出せているなら、多分この日記は存在してい
ないのだ。
 ふたりは、性格的には両極端なのかもしれない。

  
 「うわうわうわー」の母の声とともに、YSは今日も無事に空港に着
いてくれた。午前11時40分。
 車を借りていざ島内観光へ。運転10年ぶり3回目の私は、人を乗
せることに、ちょっと緊張している。ましてや今回はいつもよりちょっと
大きめ1500CC。西部林道、走れるかなぁ〜。(というレベル)
 でも、振動が少ない分、母にとってはより快適だったようだ。

 
 で、まずはどこに行ったかというと、お買い物。最初にお土産を買っ
ておくらしい。更に屋久杉の家具にも興味があるようだ。出発前に
地元で、屋久島に親戚がいるという知人に紹介された、杉工芸品も
扱っている土産物屋へ向かった。
    
 下駄数足と、電話台を迷ったあげくお買いあげ。もちろん、その店の
責任者に紹介された経緯を説明し、多少なりともまけてもらったよう
だった。

 遅めの昼食を取る。近くの食堂に入り、トビウオの唐揚げ定食を
食べた。畳の上でちゃぶ台を挟んで母と差し向かい。
外は全てのものが溶けだしそうなほどかんかん照り。
 一瞬母と屋久島にいることの不思議さを感じた。

 母に屋久島に来てもらう。それは、今の私を見てもらうこととつ
ながる。
まるで、授業参観に来てもらったかのような、面映さを覚える。
島での私は母の目にどう映っているのだろう?
 
 旅の間中、親子ならではの他愛ない小競り合いは普段通りあったが、
互いの関係は、普段よりリラックスしたものだった。我ながら、島に
着いて気持ちがほぐれていくのがよくわかったし、母も私の変化を
感じたことだろう。
 
 
 さて、今度こそ観光観光。ここ安房から、永田のいなか浜までドライブ
しながら巡る。

 千尋の滝、中間フルーツガーデン、大川の滝。西部林道も何とか
通って無事送陽邸に到着。
 
 波打ち際の半露天風呂に入った。ここは時間制で、宿泊客が入れ
替わる。
ちょうど夕陽の頃に入れた。母と娘、湯船から今日の陽を東シナ海に
送る。極楽極楽。

 このお宿の魅力は枚挙にいとまがない。半露天風呂の他、屋久島の
旧家を移築した建物は、正しい日本の忍者屋敷といった趣だ。どこか、
懐かしい。黒々と年季の入った柱に囲まれ、部屋の中ではほっこりと
くつろげる。
 季候のいい時期には海に面した広い縁台で、食事が楽しめる。
今宵は海の幸をコンロで焼いて、ほおばる。暗い海から届く波の音が
心地よい。
 そして、ビールがうまい。

 さらに、白砂が美しいこの浜には、ウミガメがやってくる。ちょうど
子亀の孵化にあたるこの時季、宿から砂浜に降りてみると、出くわす
ことができた。
 
 浜で孵った子亀は、海面のわずかな明るさを察知して海へ帰る。
だから、カメラのフラッシュなどは、御法度だ。監視員の人が、フラッシュ
をたく観光客を注意する。注意された人はちょっと悪びれてから、子亀に
向かって声援を送る。
 「がんばって!!」

 そんな周囲のざわめきなどおかまいなしに、子亀はただ子亀の営みを
まっとうしていた。
 
 山の方から大きな満月が浮かび上がってきた。


露天風呂から夕陽を送る。
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