
2002年1月5日(土)帰るだけの日。(しかーし・・・)〜家に帰るまでが遠足なんだ〜
空港内のホテルにいるので、友人が9時半の飛行機だが、ゆっくり起床。
友人の荷物だけ持って、先に空港にチェックインを済ませ、荷物も預けてからホテ
ルで朝食。便利。私の便は11時過ぎなので、部屋はまだキープ。
9時過ぎ、アラスカでの再会を誓って、お見送り。部屋に戻って、10時まで簡単な
雑記書き。ホテルをチェックアウトし、階下に下りるともう空港の出発ロビー。
搭乗手続きして、荷物も預けてから、お土産買い。マルセイバターサンド、ロイズ
の生チョコ、トマトのジャムなど購入。いも餅も見つけて買った。
初日、千歳大荒れで、友人の便は成田にひきかえし、波乱の幕開けだったが、今
日は天気がよい。山形の天気に一抹の不安を感じつつも、ま、だいじょーぶでしょ
うと思っていた。もう帰るだけなので、のほほんとしていたのだ。
が、しかし、「山形上空に近づきましたが、現在、降雪で視界が悪く、落雷もあった
ため着陸できません。次の情報が入るまで、上空で待機します」と機長アナウンス。
おりょ?やはりそう来たか。冬はこれだから油断できぬ。ちょうど昼時だったので、
かさこそといも餅を出して、ともかく腹ごしらえ。
しばらくして「山形空港への着陸はできません。仙台空港に着陸します。仙台も風
が強いため、揺れますから、気分の悪くなった方は、早めに衛生袋をご準備下さい」
とアナウンス。落ちたら困るけど、ちょっとわくわくしてしまった・・・
仙台空港では、荷物を受け取る前にまず、山形までの交通費を受け取るようにと指
示された。カウンターで交通費として2100円支給され、JR仙山線の時刻表のコピ
ーを配っていた。しかし、この強風では、仙山線は危ないと思い、空港から山形駅ま
での直通高速バスに乗ることにした。(この選択は正解だった。仙山線は数時間運
休した)冷たい風の中、外で30分以上並んで待った。高速道路も県境は峠なので、
ときどき封鎖されるのだが、風が強いだけで、時間とおり山形についた。仕事してい
るだんなどの呼び出し、山形空港まで送ってもらった。車をおいていたので、そのま
ま家に帰れないのだった。
山形は午前中から昼過ぎくらいまでが大荒れで、猛吹雪、おまけに雷。山形自動車
道の月山方面は通行止めだったようだが、私が戻った頃にはもうおさまっていた。
友人は友人で、成田からシアトル経由のアンカレジに帰るのに、シアトル付近でひど
く揺れ、吐いてしまったという。そして、シアトル空港では、テロ対策で強化された
セキュリティー・チェックの無差別抜き取り検査に指名されてしまい、靴まで脱がされ、
荷物も徹底的に調べられ(彼女のパッキングは豪快で、なんでもぽいぽいとつっこんで
あるだけなので、スーツケース開かれて、汚れた衣類があばかれ、おーまいがっ!な
のだった)、そして、乗り継ぎの時間にぎりぎりになって、走りに走ったという。
まったく、来るときも 大変だったのに、最後もこんな目にあい、気の毒・・・
しかし、それでも、すばらしい旅だった。タンチョウの優雅な姿。シマフクロウの金色
の目。初日の出、夕焼け、真っ白な雪原、流氷、すきまのない星空、じっと見つめるエ
ゾシカの瞳、鮮やかなオオワシ、目に耳に心に焼き付けた。
道東日記、これでおしまいです。長々と毎日書き連ねてしまいました。おつきあい
下さった方、ありがとうございました。
余談・・・北海道から帰ったのは土曜日。そりゃ、当然、日曜は月山に行きました。
月山依存症のあかねずみ、ときどきヤマネ
おわり

月山で締め!
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