またたび日記

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アヤド。 

2002年7月12日(金) 晴

 綾戸智絵のライブに行って来た。5年前40歳でデビューしたジャズシンガ
ーだ。
 すっっげかったが、文章にできる自信はない。なのに、書き始めてしまった。
書ききれるだろうか?
 
 もしみなさんが今お読みになっているとしたら、曲がりなりにもお届けできる
と私なりに(かなり甘えながらも)判断して出しているはずなので、どうぞ安心
して読み進めてくださいませ。途中で終わったりはしませんから(笑)。

 
 そのぶっとくぶあつい声にはもちろん驚かされたが、私がよりぶっ飛んだの
は、彼女のトークの方だった。しゃべりというかMCというか、とにかくお客をぐ
いぐい引っ張り巻き込んでいく。
「しゃべらせるてるのはお客さんやでぇ〜」
と、こてこての大阪弁でまくしたて続ける。
 そして、ピアノに向かう。うたう。しゃべる。うたう。しゃべーる、うたう。歌の
間にもしゃべる。

 関西出身の彼女曰く、
「東京の人にはいっつも漫才やと思われますねん」
 大阪人の私が聞いても、十分ひとり漫才だ。しかも極上の。上沼恵美子か
大助花子(花子の方、ね)のようだ。

 地元の市民ホールは2階席までで、キャパはさして大きくない。2階の最後
列でゆったり見ている分には綾戸さんは身長15センチほどで、さすがに表情
などは確認できないが、あまり問題ではなかった。表現が十分に届いている
ということか?

 「初めてお越しになった方、どのくらいいたはりますか?」
自分も含め、会場の3分の2ほどが手を挙げただろうか。かなり多い。
 「うひゃ〜、ありがとうございます〜。…てことは、ネズミ講式に増えている!」

 最初は面食らっていた客たちも、いつしか手をたたいて笑うようになってい
た。
 客層は20代後半から上くらいだ。江崎グリコの江崎さんも来ていた。

 おしゃべりの声質は、何だか懐かしい響き…あ、思い出した。部活で声出し
過ぎて喉を痛めたときの感じだ。全ての言葉がきれいに出ず、ところどころか
すれながら(下手なバイオリンのように)聞こえてくる。

 しかし、やっぱり、歌は、すごい。ぶ厚い。ぶっとい。綾戸さんの口から如意
棒がぐんぐんのびて、胸のあたりを直接ぐいぐい突かれるような。もちろん、
鳥肌もので、腕はざらざら。
 身をくねらせ、全身から声を放っていることが、遠目でも伝わる。
 
 彼女の「今」を惜しげもなく絞り出してくれているのがわかる。ここまで出し
切っちゃう?と思う。もし、ステージのあとで死んじゃっても、きっと納得するの
だろう。
 命を削ってる。

 ライブにいくと、いろんなことを考える。悪癖だ。でも、出演者が突きつけてく
るのだから、しょうがない。
 更にいえば、だから、足を運ぶのだ。
 
 「表現」について、考えた。

 あとで彼女のエッセイを読んだが、その中でも述べられていたので、確信
に変わりつつあることがある。何かを伝えるということは、直接的であれ間接
的であれ、
「ねえねえ、私はこう思うんだけど、あなたはどう思う?」
と、自分の感じたことを伝える相手にゆだねていくことではないかと思う。
だから、表現者は一旦世に出てしまった作品に執着しないのではないだろう
か?

 ただ、それを伝える段階でのエネルギーは、すさまじい。懇切・丁寧。
これでもか。


 話は変わるが、少し前に友人のまた友人が講師を勤める
「古典フラ」の話や踊りの会に参加してきた。(『フラ』とはハワイのフラダンスの
ことなのだが、『フラ』はハワイの言葉で『ダンス』なので、『フラダンス』では
『ダンスダンス』になってしまうそうだ。)

 そこでもやはり、表現について考えさせられた。
先生でもある「あけちゃん」は、歌ったり踊ったりし始めたとたん、『表現者』に
なった。
 魂に届く声と踊り。

 神様に捧げる踊り、フラ。自分が自然の一部であることを、踊りで取り戻す。
私が特に印象的だった踊りのひとつに、『水循環』のダンスがあった。

 『雨が降って、森の間を流れがつたい、レクアの花が海に運ばれる。ゆらゆら
ゆらと、波間にもまれ、苦労したり楽しんだり。そしてまた雨が降り…』

 ハワイでこのストーリーの作者と会うことができたあけちゃんは、歌の隠された
意味について、更に問う。
 作者曰く、それは、レクアの花を『子』に、水の流れを『母』に見立てた、
歌だった。
 母に捧げた歌。
 水の流れは母の手のひら。その中で楽しく遊ぶ子ら。
 そして、母にはまた、恵みの雨が降り注ぐのだという、歌だった。

 あけちゃんは、もとイッセイミヤケのデザイナー室で働いていた。
あるとき原宿を歩いていて、服がそれこそゴミのように山盛り売られているのを
見た。

 イッセイミヤケは時代を語れるデザイナーだということを日頃からひしと感じて
いたあけちゃんはこう決断する。

「今の仕事、わたしじゃなくてもいいじゃん」

 かくしてあけちゃんは考える。じゃあ、何をやろう?好きだった歌や踊り?
歌は自分には難しいから、踊り?フラメンコ?苦悩が顔に出ない健康的な外見。
よし、フラにしよう。

 それだけじゃないだろうとほんとは思うが、話に聞いたのはそんなことだった。
「わたし、ハワイアンダンサーになろうと思うんです」
という退職願いを方便としか受け止めてもらえなかったが、それから師事して
わずか1年半で教室を持った。

 あけちゃんもやはり、惜しみなく、ていねいに、わかりやすく、根気よく、
伝えていた。そのエネルギーは、やはりすさまじかった。

 
 などと思いを巡らせているうちに、綾戸のコンサートは終わる。まるで、
母の流れ中で遊ばせてもらえたように、くたくたに楽しかった。

 終了し、明かりが灯され、アナウンスが入る。

 「本日は、お越しいただきありがとうございました。押し合わないように、
順序よく、ほら、急がないで!…お足元にご注意くださり、押し合わないで
順序よーく、お進みください。
本日は、ご来場、まことにありがとうございました!またのお越しを、心より
お待ち申し上げております。んふっ!」

…アヤドのアナウンスだった。
 

                                  (おわり)

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